― ひょうご防災リーダー養成講座、1日目に参加して ―
今日から、兵庫県の「ひょうご防災リーダー養成講座」が始まりました。12月まで全7日間、21時間以上の受講とレポート、AED講習の修了が条件で、最終日に防災士の試験があります。
会場には、自治会の役員さん、消防団員、施設の管理をされている方、学校の先生など、いろいろな立場の方が集まっていました。みなさん「自分の地域をどうするか」を抱えて来られていました。
今日はその1日目で心に残った、防災庁のことを調べてみました。
防災庁とは?
まず、事実の確認から。
防災庁設置法が、今年(令和8年)7月14日に公布されました。 政府は今年11月の発足を目指しています。もう2か月後です。
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/bousaichou_preparation/index.html
これまで日本の防災は、国土交通省、総務省、厚生労働省……と、省庁ごとに分かれていました。勧告権を持つ司令塔をつくって、その縦割りを打ち破ろうという狙いです。
講師の言葉
講義を担当されたのは、関西大学社会安全研究センター長で、人と防災未来センター長の河田惠昭さんです。阪神・淡路大震災以来、日本の防災研究をずっと引っ張ってこられた方です。
その河田さんが、防災庁の話をしたあとで、こう言われました。
防災庁はできる。国は大きなことをやってくれる。けれど、一人ひとりがやる防災は、自助でやらなければならない。そのためには知識が必要です。
そして、続けてこう言われました。
「経験は知識を与えてくれる。けれど、経験した途端に、命がなくなるかもしれない。」
私たちはつい、「経験していないから分からない」とすぐになってしまいがちです。だけど災害では、その経験が命取りになる。だから経験する前に、知識で先回りするしかない、ということです。
知識が命を守るときに、ついつい無意識の行動が生死を分ける
1.傷ついた建物には戻らない。 熊本地震では、震度6.5の地震の26時間後に、さらに大きな地震が起きました。一度揺れた建物は弱っています。「避難所では眠れないから」と、半壊した自宅に戻った方が、本震で亡くなりました。安全だと確認できるまで、戻ってはいけない。
2.地震のとき、屋内や地下駐車場においている車に戻らない。 建物は基準に沿って設計されていても、駐車場のガス管などは同じ基準ではありません。
3.車は置いて逃げる決心を、事前にしておく。 災害が起きてから「車をどうしよう」と考えていては間に合わない、ということです。
4.余震は長く続く。 南海トラフ地震が起きた場合、余震は1年以上続く可能性がある。安政南海地震のデータでは、住宅の被害が本震と余震でほぼ同じ数だったそうです。
宍粟市のこととして
講義の中で、思わず姿勢を正した箇所がありました。それは、
山崎断層の話です。
マグニチュード8.1が想定される活断層で、その上を中国自動車道が通っている。「山の中の道路は、ほとんどが活断層の上にある」と言われました。
活断層があるからこそ谷ができ、谷があるからこそ道が通っている。そう言われてみれば当たり前のことですが、私たちが使っている道が、そういう場所にあるということです。
宍粟市は、災害が起きれば谷筋の先に伸びる道が多く、寸断されやすい地形です。防災庁ができて国の司令塔が強くなっても、地域防災や自主防災においても、その時に地域で動けるかどうかは、ここにいる私たち次第だということを、改めて感じました。
もう一つ、別の講義で出てきた数字も書いておきます。避難指示が出ても、実際に避難する人は1%程度。そして人が逃げるきっかけになるのは、テレビや行政の放送よりも、隣近所や身内からの声かけだそうです。
制度をどれだけ整えても、最後は人と人のつながりのところで決まる。
自治会加入率は高い宍粟市ですので、その強みがしっかり活かせるように備えが必要です。